体力も大分回復しつつある。一昨日は沿線にあるルミネに行き、入院前に購入したイマイチの服を返品した。夕方、少し混雑しかけた電車にも乗車し、復職に向けて慣れるよう準備中。昨日は再び地元の公園で森林浴をした。
9月末までは、復職するだけで、原則、殆ど予定を入れていないが、10月以降はすでにワイン講座やフラワーレッスンの予定を入れた。こうして再び入院以前の生活に戻ることになる。また、昨日は生涯学習センターにも寄り、地元で手軽なクラシックコンサートの開催情報をゲットした。小ホールでアンサンブルなどの手軽なコンサートがいくつかあるので、10月に早速足を運んでみたい。
体力の不安、仕事への不安、再発への不安が重なる中、それでも日々仕事に集中することで、様々な不安を少しでも紛らわせたいと思っている。療養もそろそろ飽きて、退屈になってきた。とはいえ、今、一番の懸念材料は、復職後のストレスである。因果関係は定かではないが、バセドウ病から派生した甲状腺癌(或いはその逆で甲状腺癌から派生したバセドウ病。どっちが先かは医師に聞いていないから定かでない)は、現在の会社の長年にわたるストレスが大きく影響を与えているような気がしてならない。ストレス要因を除去するには、会社を変えるか、自分の価値観を変えるかのどちらかになる。今の私の状況だと、会社を変えるのは非常に厳しい。となると、自分を変えるしかないのだが、これはなかなか難しい。さて、どうすればいいのか。。。
癌は、手術前よりも、術後からの生活習慣やメンタルの在り方が重要だと感じる。今後最低でも10年間は経過観察をするので、主治医との付き合い方は、かなり重要なファクターとなるのだが、正直、自分の不安や疑問などにきちんとした説明を得られるかどうか、怪しい。効率的で、無駄は徹底して省き、余計なことは一切触れずにスピード重視の米国流ROE経営のようなスタンスの女医さんである。患者に寄り添ってくれるようなことは期待できない。
患者学という市民公開講座を見つけた。学んでみたい。
http://s.webry.info/sp/katos.at.webry.info/201708/article_2.html
◆担当医との相性
http://s.ameblo.jp/kumagaiveronica/entry-12250787569.html
親身に診察してくれる担当医のいるこのブロガーが羨ましい。
◆人の弱みに付け込む商売人
http://s.ameblo.jp/kumagaiveronica/entry-12219976102.html
これは本当に注意しすぎるくらいで丁度良い。私は元々人付き合いがあまりなく、癌を打ち明けた友人は10名未満だったから、直接的に代替療を勧める人や、他人の不幸で飯を食う占い師などはいなかった。しかし、「総じて感じがよく愛想もよく私たちの病気を心配してくれたりもし、親身になった感演出にもたけて」いるマルチビジネスな人々、いわゆるフリーランスやサロネーゼや自身でビジネスを展開している人々には徹底して近づかないようにした。私のFacebookは、主にワイン会や日本酒会を通じて、気が付くと、そうしたマルチビジネス?な面々と沢山知り合いになってしまった。私がカネヅルであるが故に、私の投稿に必ず「義理いいね!」をやってくれる糞でしかない面々だ。連中は友達でも何でもない。あくまでも私は金を払う客であり、向こうは対価としてサービスを提供する役割だ。そこには金銭取引が介在する関係しかない。しかし、連中は親しげな友達を装う。
そうしたマルチビジネスを展開している糞商人の中にはスピリチュアルやパワースポットやタロットカードや代替療法などを信奉する白痴情弱女などが一定割合で確実に存在する。ブログで本業以外にそのようなネタばかり披露する卑しい糞商人だ。
自分は連中のカモにされることだけは徹底して遮断した。特に不快な輩はFacebookのフォローを外すことで対処した。
あふれかえる情報の中から
何かを選び出して実行、
それも短期間で決断しなければならないという
実に厄介な状況下に身を置きながら
病気と対峙していくわけです
それも自己責任で・・・
そんな私たちから
カスメ取ろうとするなんて
許しがたいものがありますが
怒りはガンの餌になるので
情報共有だけにとどめておくと致します
病気の私たちを
カネヅルくらいにしか考えていない人々は
ハッキリわかります
はい。その通り。
私も長年にわたる怒りの蓄積が、癌の一因だと思う。
上記糞商人にカツアゲされたものは、1年間通ったワイン講座7万円(これは紹介者がスピリチュアル系なだけで、ワイン講座そのものはマルチではなく正当な内容で、正当な対価)、体験レッスンで受講したフラワー3万円、計10万円程度の被害で済んだ。ワインはやはり高いな。
ついでに言っておくと、医師も宗教家も、他人の不幸で飯を食う商売であると、とある著書でとある医師が述べていた。